境内のご案内

境内見取り図

 

山王鳥居

 日吉社の鳥居で日吉神社に代表され全国の日吉(山王)社の鳥居様式。当社のものは石造りであり、柱の刻銘から昭和10年(西暦1935年)8月建立。鳥居の石工は片岸吉三郎で、寄進人は芝井⚫︎治(⚫︎の字は読み取れず)とあります。

 

 

神明鳥居

 神明社の鳥居で伊勢の神宮に代表され全国の神明社の鳥居様式。当社のものは石造りであり、柱の刻銘から山王鳥居と同じく昭和10年(西暦1935年)8月建立です。ただ寄進人の刻銘は確認できず不明です。

 

 

がめ石

 安政3年(西暦1856年)に旅川改修時に川底から引き上げられ「がめ石」として境内に移して祀られているものです。  「がめ石」があった川底は、近くで泳いでいた人が溺れて死亡するなど事故が多く「ガメの住処」と恐れられていた事から、今も社殿の北側に祀っているものです。

 

 

枝垂れ桜

 令和5年(西暦2023年)、日吉社の景観向上のため、社殿横に枝垂れ桜の植栽をすればどうか?という話になったところ、氏子有志である信高 博(のぶたか ひろし)氏の寄贈により植栽されたもので、開花時には夜間ライトアップを行なっています。

 

 

藤棚

 令和5年(西暦2023年)、日吉社の景観向上のため、境内に藤棚を設置すればどうか?という話になったところ、日吉社の長岡 正巳(ながおか まさみ)宮司の寄贈により設置されたもの。藤の木の剪定など造園業社の指導を受けながら宮委員会の委員が自ら行なっています。

 

 

社標

 昭和4年(西暦1929年)8月建立で鶴居孫之丞(野尻村)の寄進によるもの。「日吉社」の銘は国幣中社(当時)射水神社 宮司 平尾 三郎(ひらお さぶろう)の書です。

 

 

手水舎

 昭和4年(西暦1929年)建築。手水鉢には「清嗽」の文字があり、裏面には漢文の刻銘がありますが、内容は未調査です。

 

 

平成18年拝殿再建記念碑

 平成16年(西暦2024年)台風23号による倒木により倒壊した拝殿の復興に、日吉社氏子・崇敬者の皆様ほか、多くの方々にご寄付を賜った事に対し深く感謝し、その記録を末永く残すために記念碑を建立したものです。

 

 

「山王社」記念碑

 側面に「当社は比叡山日吉神社の系統大山咋神を祭神としている。明治以前の山王権現の社号「山王社」をここに刻む」とあり、江戸時代の社号が「山王社(さんのうしゃ)」であったことを伝えるため、平成6年(西暦1994年)8月に柴田屋在住(当時)の石井 幸作(いしい こうさく) 氏の寄進により建立したものです。

 

 

磐持石

 江戸時代には石を持ち上げ、力自慢を競う行事が各地で盛んに行われていました。柴田屋村でも日吉社境内において行われていたようで、その石が境内に残されていたことから、一か所に集めて展示しているものです。